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大日本帝国の実在よりも戦後民主主義の虚妄に賭ける

1 :右や左の名無し様:2007/09/15(土) 13:38:10 ID:LW7qBRvo
1996年に82歳で亡くなられた丸山真男氏という、戦後民主主義
を代表する思想家がおられます。
 かつて丸山は「大日本帝国の『実在』よりも戦後民主主義の『虚妄』の方に賭ける」
と書いた。かれは、いったい戦後という時代のはじまりに、その時代の終わりとして
何を見たのか。いったい何を守ろうとしてその身を「賭け」たのか。
 丸山は「『である』ことと『する』こと」(『日本の思想』)に、こう書いて
いる。「民主主義というものは、人民が本来制度の自己目的化ー物神化ーを不断に
警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、はじめて生きた
ものとなり得るのです。それは民主主義という名の制度自体についてなによりあてはまる。
つまり自由と同じように民主主義も、不断の民主化によって辛うじて民主主義でありうる
ような、そうした性格を本質的にもっています。民主主義的思考とは、定義や結論よりも
プロセスを重視することだといわれることの、もっとも内奥の意味がそこにあるわけです。」
 丸山は「八・一五」に革命があったと考えた。丸山にとって守るべきものは、実在の
「戦後民主主義」ではなく、本来虚構的な「民主主義」という理念そのものだった。そのこと
 「八・一五」に対する丸山の意味づけは、流動的である。敗戦直後は「民主革命」として
とらえ、六十年安保闘争の後では「平和主義」として意味づけるようになる。これは思想に
一貫性がないのではなく、不断に「戦後民主主義」の規定が更新され続けた結果であるだろう。
丸山は『現代政治の思想と行動』に、「『永久革命』とはまさに民主主義にこそふさわしい
名辞である」と書いている。丸山にとって「戦後民主主義」はひとつのプロセスにすぎなかった。
丸山氏がなぜ「民主主義の永久革命」者であろうとしたのか?

日本の民主主義はこれからなのではないでしょうか?

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もしかして、ない?

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